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「美術家」 power×小山田徹氏

こんにちは。powerです。皆様お元気で自転車に乗っておられますか?さて、2004年3月のインタビューのお相手は、小山田徹氏です。

芸術と自転車とはどのように関係し合っているのか、自転車に乗られる方であればほとんど全ての方が気になっておられたことと思います(思いこんでいます)が、ついにその疑問が氷解する日がやってきました。

アートが生活と切り離すことができないとすれば、生活に密着している自転車はどう解釈されるのか?

現役の美術家として猛烈にご活躍中であり、ダムタイプの創設者のひとりである小山田徹氏とのARTなインタビュー200403!!!



power
小山田さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします。
小山田
こちらこそ。
power
ありがとうございます。恐縮です。さて、まず、小山田さんがどのような方なのか、プロフィールを少々教えて頂く訳にはいかないでしょうか。いえ、無理にとは申しませんが、無理にでもお願いしたいです、しかし、無理にお願いして失礼に当たってしまってもいけないですし、けれども思い切って本心を打ち明けますと、小山田さんのプロフィールを知りたいような気がいささかするのですが、そのことを直接お伝えして気分を害されてもいけないですし・・ああ、どうしましょうか。このまま日が暮れてもいけませんし・・・。でもまた日は昇るし・・・。どうしましょう・・・自転車でも乗りに行ってこようかな・・・今日は天気もいいし、琵琶湖でも走って来ようかなあ・・・正確に言えば琵琶湖の上を走ることなんて出来ないから琵琶湖岸でも走って来ようかなあ。コンビニで休憩したら丸ごとバナナでも買って食べようかな、カロリーが高すぎるかしら・・・・。
小山田
いいですよ。
power
ありがとうございます。では、お名前と肩書きからお願いします。
小山田
小山田徹、美術家です。1961年鹿児島生まれです。
power
私は九州に一度も行ったことがないんです。自然が多いところである気がしています。
小山田
毎日噴煙をあげている桜島という火山や青い海、太陽光などコントラストの強い所です。温泉も入り放題。台風、集中豪雨、地震などの災害も力強いもので、京都に来た時は、なんと穏やかな所だと感心しました。
power
そうなんですか。
小山田
そうです。ちなみに、京都市立芸術大学日本画科卒業です。以降現在まで、京都に在住。学生時代に「ダムタイプ」という舞台表現のグループを友人達と立ち上げ、2000年まで企画、構成と舞台美術を担当していました。
power
小山田さんは「ダムタイプ」の創設者でおられるんですね。現在、ダムタイプとの関わりはお持ちではないのですか?
小山田
はい。応援はしてますが・・・。
power
そうですか。その他、小山田さんの活動はどのようなものですか。
小山田
その後は個人の活動を始め、現在に至っています。現在は様々な「共有空間」を企画、運営する事を主な活動にしています。
power
例えばどのようなものがありますか?
小山田
今迄、参加してきた共有空間の企画としては、「Art-Scape」「 Weekend Cafe」「Bazaar Cafe」「祈る人屋台」「カラス板屋」「T-room」「Bar Com-Pass」「アントルポッの放課後」「喫茶六花」等があります。
power
共有空間とは、どのようなものと理解すればよいでしょうか?
小山田
「世間」です。 って、身も蓋もない答えですね。生活環境で他者と関係を持つ場や時間を私は共有空間と言っています。家庭から学校、会社、国家など。でも、今は私有財産を様々な形で公共化している空間に興味があります。縁側や庭、軒先き、生け垣、喫茶店、屋台、畑、飲屋、ホテルなど営利、非営利にかかわらず本来私的な所有物を少し公の場に変えて行く、又は公のものとして考えてみる。「風景」=「共有空間」とも言えるかな。話すと長くなるのでこの辺で。
power
なるほど。では、次に自転車の話題に進みたいと思いますが、よろしいでしょうか?
小山田
はい。
power
本当に、よろしいですか?
小山田
はい。
power
念を押してみました!では、小山田さんは普段自転車にはお乗りになっておられますか?
小山田
はい。よく乗っています。毎朝、京大近くの家から東福寺にあるアトリエまで、鴨川の東岸を往復しています。
power
自転車通勤ということですね。鴨川は京都を代表する川ですが、加茂川と高野川が合流した途端に“鴨川”と名前、漢字を替えるので注意です。って誰に言っているのかわかりません。ついでに、鴨川は北から南に流れていますので、東岸ですと河口方面を向いて左手、即ち左岸であるということも、このインタビューを読んで下さる方に主張したいと思うんです。
小山田
そうですか。
power
はい、絶対です。ところで、小山田さんが自転車に乗り始められたのはいつのことなのでしょうか?
小山田
毎日乗るようになったのは大学1年の頃からですね。
power
その前はどうだったのですか?
小山田
そうですね、小学2年ぐらいから乗っていたんですが、中学、高校は乗れる条件ではなく6年間のブランクがありましたね。
power
乗れる条件ではなかった、とは、どのような障害があったのでしょうか?
小山田
小学校、中学校は4km以上が自転車通学許可範囲だったのですが3.9kmぐらいのギリギリで、歩いて学校に行ってました。遊び場も森や野原、沢などで、自転車で行く所ではなかったので、あまり乗りませんでした。高校はバス通学でした。15kmぐらいなので1、2度は自転車を試みたのですが、家が台地のうえにあり、高校は海沿いの平地にあったのでめげました。
power
そうなんですか。自転車に乗ることはお好きですか?
小山田
本当は歩くのが一番好きです。
power
えー。それではインタビューが終わってしまいそうなので、なんとか、自転車も持ち上げて下さい!
小山田
はは。けれども実際私としては歩く事が許される状態ならすべてを歩きで移動したいぐらいです。でも、自転車も歩きと同じ感覚のぎりぎりの所にあるような気がするので好きですね。
power
私もその点には同意します。自転車は乗り物ではありますが、車やバイクといった動力源を搭載した乗り物よりは、むしろ徒歩の方にずっと近いですよね。
小山田
そうですね。風景や情景を眺めるのにいいスピードと環境の限界値が、私の場合は自転車です。それらは、考え事をするのにいい環境ともだぶっています。
power
私も自転車に乗りながら考え事をするのが好きです。時に走りの方を頑張りすぎて考えが崩壊したり消散することもあります。ところで、京都市の自転車環境について小山田さんはどのように感じておられますか。
小山田
駐輪状態が気になりますね。駅前や街中の自転車の集積はすごい状態ですね。特に鴨川沿いは時として通れないぐらいに駐輪されています。時々おじさんが怒りにまかせて川に自転車を次々と投げ込んでいる気持ちも解らなくはありません。将棋倒しになってこんがらがった自転車達の姿は象徴的なモニュメントみたいで、通る度にいろいろと考えさせられます。
power
やはり芸術家でいらっしゃるんですね。ところで歩くことがお好きということでしたが、日々自転車に乗られる理由は何ですか。
小山田
幾つか理由がありますよ。経済的である。程よい移動スピードである。車、バイクが嫌い。免許を持っていない。終電等の時間に縛られない。ほどほどの物なら運べる。小回りがきく。周りの音が聞こえる。
power
最後におっしゃった、周りの音が聞こえる、という点が気になりました。私も自転車に乗りつつ、周りの音が聞こえることがとても重要と考えています。それは安全の問題というより、自分の周囲の環境を認識し、自分の位置を知るということだと思います。特に、移動し続ける自転車では、自分の位置を自分の中で常に確認することが不可欠であると思っています。すみません、先に話してしまいました。小山田さんにとって周りの音が聞こえることは、どのような意味を持つのでしょうか。
小山田
他者、自分以外の世界の存在に対して慈しみを感じるという事かな?様々なものが自分と関係している事を意識させてくれます。車やバイクなどは、外界と遮断された環境で、他者に対して優位性を感じてしまう装置であるような気がします。ハンドルを握ると性格が変わる人がいますよね。周りの音が聞こえると言う事は謙虚である事をうながしてくれるような気がします。「謙虚な人」大好きです。
power
ありがとうございます。え?私のことではない?失礼しました。では次の質問です。モノとして自転車は好きですか?
小山田
好きです。
power
その理由は?
小山田
理にかなっているからです。
power
なるほど。
小山田
ちなみにリヤカーや一輪車、大八車等も同じく好きです。又、自転車やリヤカーなどに山盛りに荷物を積んで運ぶ人の技術にも魅力を感じます。
power
それらも理にかなっているという観点での魅力ということですか?
小山田
はい。地球物理にかなった物の積み方や重量のバランスの取り方、そのへんにある最低限のものでなんでもこなしてしまう工夫の能力には憧れを感じます。特に痩せたじいさんが結構な大きさのものをひょいと運んでいるのとかは目が細まる思いがします。
power
はは。ところで、自転車は静止した状態では自立することができませんが、動かないと機能しないというこの自転車について、どうお考えになりますか。
小山田
「俺は立ち止まっちまうと死んでしまうぜ」とシャウトするロックアーティストのドラマチックな妄想は御免こうむるが、自転車の場合はいとおしいですね。
power
大変によくわかりました。では続いての質問は、小山田さんに是非ともお聞きしてみたい芸術のことなのですが、よろしいですか?
小山田
はい。
power
本当に、よろしいですか?
小山田
はい。
power
再び念を押してみました!では、参ります。「芸術とは何でしょうか?」
小山田
大変な質問ですね・・・。
power
そうなんです。でも念を押してしまいましたので私も引くに引けません・・・。
小山田
本当のところ分かりません。多分、生活の機微、人々、物々の間あたりに存在していると思うのですが・・・それが何とは言い表せずにいます。言葉や物にしてしまったら変質してしまいそうで、美術家という社会的立場との整合性を今は欠いた状態です。世の中の様々な人々や所作の中にそれを見い出すことがあるし、人々もをれを、意気、腰、呼吸、腕、真、礼、たおやかさ、脱力、ねばり、慈しみ、コツなど、様々な呼び方で言い表わそうとしているように思われます。
power
「芸術」の定義はない、ということでよろしいでしょうか。
小山田
そうですね、無理に定義すると拾えない世界があるような・・・。これ以降は長くなるので参考程度に、なんですが。
power
ぜひ、お聞かせ下さい!
小山田
わかりました。文化人類学の分野でブリコラージュ、言い換えれば、「器用手仕事」という言葉があります。身のまわりにある物で様々な物を作っていく能力のことです。そこで作られた物は人間を含む自然などの環境に無理なく適合するものだけが生き残り定着します。物だけではなく制度や思想も同様です。そのようにして地域環境ごとに多様性のある文化ができてきます。又、社会が環境とのバランスを崩しそうになると、一度社会を破壊しようとする動きが出てきます。身の回りにあるものを使って全く違う価値観を示す。それもブリコラージュです。
power
なるほど。
小山田
安定と破壊、保守と革新、防御と攻撃などを繰り返しながらバランスを取り続けるのが人類の生き方ではないでしょうか。人々は様々な立場、職業の中で、日々バランスを探しながら生きて、その為の技術や価値観を継承、想像、伝達しており、芸術はそこに関与している何かであると思います。芸術=ブリコラージュと考えると、自分がやっている事が少し整理できるかなと思う今日この頃です。
power
なるほど。ということは、芸術というものは思想が先にあるのではなく、後から規定されるものであるということでしょうか。
小山田
はい。思想は生活と分離できないし、生活を先に規定する事も出来ないので、後から規定されるのが普通だと思います。
power
思想や発想が先にあって、それらが具現化されたものを芸術と呼称するのではないんですね。それでは、芸術と自転車との接点はありますか?
小山田
自転車は日々の生活に密着しているので接点はあると思います。個人が自分の身体感覚を知覚するきっかけになっている事が興味深い接点かな。
power
芸術と自転車との接点についてなのですが、自転車を題材とした芸術にはどのようなものがありますか。
小山田
自分がやった中で?それとも今迄の世界中の美術業界で?
power
まず小山田さんご自身が関わられたものでは何がありますか?
小山田
私達、ダムタイプでは、展覧会で自転車を使った事があります。
power
どのように使われたのですか?
小山田
直径12mぐらいのサークルトラックを作り、一日中クルクルとサイクリストが回っていて、それを、16台のビデオカメラが周りから撮影し、16台の直線に並べたモニターでライブで再生して回転運動を直線運動に変え、さらにそのモニターを移動カメラが撮影し、移動プロジェクターが壁に投影しながら移動する。複雑な展示でした。身体運動、汗や疲れなどの生理的なものが多重にメディア化され意味が加算され変質していく、マルチメディアインスタレーションと呼ばれる展示でした。多種類の一つの現実。クルクルと回るサイクリストは現代の人々のルーティーンな生活のメタファーとして、汗や息づかいや筋肉の動きはリアリティを想起させる物として設定してました。今はちょっと恥ずかしい80年代後半の頃のコンセプトでした。
power
興味深いです。他にはどのような例がありますか?
小山田
世界の美術業界では、映像スイッチングのトリガーとしてお客がこぐ自転車を使ったりするインタラクティブ派の人々と、中国の自転車事情のイメージを使って、自転車の群れ=群集という意味合いで自転車を様々な意味を想起させる物として利用するメタファー派、自転車を純粋に力伝導機として使用するキネテック派など様々な形で表現に使われています。特に現代美術と呼ばれる分野で利用されています。
power
自転車は様々な形態で美術界に登場しているんですね。やっぱり最高ですね、自転車。
小山田
え?
power
いえ、独り言です。ところで、現代美術と呼ばれる分野とは簡単に言えば、どのような分野なのですか?
小山田
質問の芸術かな。過去の価値観や現状の様々な問題に対して、疑問や提案を質問という形で表現する分野。・・・・なぜ?なに?の子供みたいなもんです。
power
そうなんですか。その疑問や提案に対しては唯一の答えは存在せず、鑑賞者一人一人の自由な解釈に委ねられているのでしょうか。
小山田
そうですね、それぞれの生活に適した感応の仕方があると思います。全体に感応を企むとファシズムの幻想になるので、個々に解釈を委ねるという事は重要な事だと思います。難しいけど。
power
ふむふむ。非常に興味深いです。本当はもっとお聞きしたいのですが、本題に・・・。ではずばり、「自転車でレースを行う」このことに芸術性を見いだすことはできますでしょうか。
小山田
そうですね・・・。レースに参加する人々のはまり具合や癖や個性にはとても興味深いものを感じるし、自分の中にも同様の感情を見い出す時もあるが、参加した事がないのでよく解らない。それと、それらの感覚を芸術と呼んでいいのかわからない。
power
おっしゃることをまとめますと、全然わからない、と。そういうことでしょうか。
小山田
うーん。
power
質問が悪かった、と。でもあきらめません。次の質問をさせて下さい。「駅まで自転車で走る」このことに芸術性を見いだすことはできますか。
小山田
そうですね・・・。日常になっている行為は深く芸術と関係していると思うのですが、それは、自転車にかぎった事ではないような気もする。毎日駅に走るという事に重要な何かがあるような・・・。
power
ありがとうございます。おっしゃることをまとめますと、あまりよくわからない、と。そういうことでしょうか。
小山田
うーん。
power
またまた質問が悪い、と。それでは、私が日頃抱いている最大の疑問なんですが、自転車に乗るだけでとても楽しいのは、なぜでしょうか
小山田
状況が向こうからやって来るからではないでしょうか。
power
なるほど!
小山田
風景が変わる、音が変わる、風が変わる、程よい情報は脳みそには快楽なんじゃないかな?
power
ふうーむ。それはそうかもしれません。鋭い指摘です。では、今後将来、自転車はどのような方向に向かうと思われますか。
小山田
人類が身体性を忘れない為の道具として存在し続けると思います。
power
ああ、それは良かったです。
小山田
ちなみに、好きな果物は柿です。
power
お好きな果物は・・・あっもう言っておられたんですね。ちなみに私は、桃なんです。
小山田
そうですか。
power
そうです。今日はありがとうございました!
小山田
こちらこそ!


無鉄砲にも芸術とは何かなどという大きすぎる質問を投げかけて、小山田さんを困らせてしまいましたが、芸術という視点を通して自転車を評価してみると、やはり自転車は動くものなのだという当たり前の事が強く感じられる気がしました。
芸術とは何かという質問に唯一の答えなどないのであれば、自転車はなぜ面白いのか?にも答えがないような気もするのです。
より多くの観点で1つのものを眺めることって簡単ではありませんが、極めて大事なんですね。

power(2004/03/25)

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