資金捻出!
世界旅行に出発する前、僕が資金捻出の為に働いていたのは佐川急便さんでした。勤務時間が長いけれども、とにかく高給!それだけを信じてあの会社の門を叩いたんです。ということで、あの会社での回顧録も、世界一周の前に書き留めておこうと思います。
僕が勤めたのは1988年の11月から1991年の年末まで。約3年と1ヶ月。当時はバブル最盛期。額面は50万!と聞いていたのですが、最初入社して3ヶ月は30万でした。![]()
「話が違うなあ」と思って働いていましたが、3ヶ月を過ぎると、ポンと、給与は上がり、ちゃんと50万円になりました。しかし、所得税などの諸々を引かれ、手取りは予想していたよりは低いものでした。「あーがっかり」そして更に、僕は根っからの大食いでしたから、食費も凄まじいものでした。
話は日本一周のときの話に戻りますが、襟裳岬で出会った岩田君とラーメン3杯、20分以内に汁まで飲んだらタダ!そしてアイス券無料プレゼント!という帯広駅前のラーメン屋で、僕は軽く、ぺろりと食べてしまいました。また別の野宿先、鳥羽では、米を4合、それにカレーライス、牛乳1リットルに納豆と豆腐1丁を平らげたことがあり、翌朝は急性胃胃拡張炎になってしまったかと思うくらいの激痛を経験したことがあります。とにかく食うんです。胃がおかしいのかなあ。そういえば、ちょっと前、2年前くらいかな。ココイチのカレー、1300gを7分で平らげたことがありました。
だいぶ話が飛んでしまいましたが、とにかくよく食べましたから食費はかかりました。でもそれをケチると体がついてきませんからね。
で、そんな食費を引き、貯まるお金、貯金通帳を見るのは唯一の楽しみでした。
「もうすぐ、もうすぐで何百万突破だー!」
車を買うとお金を使うので、車はもちろんなしです。
彼女も作ったらお金が貯まらない事はわかっていましたから、これもペケ。集配先のお客さんに、たまに誘われることがあっても、決して深入りはしないように心がけました。
寒い冬、ほか弁を買いにバイパスを自転車で走っていたら凍っているところでツツーって滑って、危うく轢かれそうになったなんてこともありました。
仕事そのものがスポーツのようなものでしたから、体力は作られたような気がします。それでも何か不十分なので、生まれて初めて、野尻湖で開かれたトライアスロンに参加!そんで、会社で綱引きクラブを作って、これにも参加!世界一周の為に体力作りを色々としました。
そんな1990年代前半。今、思えば夢のような話ですが、給料は上がり、絶頂期は月給が80万。さらに、定期預金の利息は年7%。今では考えられないですが、当時、資金作りをしていた僕には全てが順調でした。でも全てうまい事ばかりではありませんで、入社して3ヶ月目に居眠り運転で玉突き事故!このときは夢も終わりと全て失いかけました。でも理解ある上司や先輩に恵まれ、なんとか続けることができた訳です。
結局3年と1ヶ月で1000万円、貯まりました。
「んーもしかしたら?」
と思ってやったら3年で1000万円貯まってしまった・・・今思えば、もうちょっと目標増やしておいて、半分は残しておけばよかったーと思うんですけど。笑
とりあえず資金の目処はつき、自転車野郎の夢叶い、世界一周へと出発する運びとなりました。
写真キャプション
- 店長がくれた特別な御守り。自転車世界一周中もいつも一緒してました。
- 綱引きクラブに入り、遠征&体力作り。この時期は綱引きが流行ってました。
- 生まれて初めて参加したトライアスロン。一生に一度はどうしてもやっておきたかったんです。
- きっといつか、必ず世界へ向けて旅立つのだ~。当時の思いを記した誓約書?恥ずかしいですが。
- 世界目指してガンバレ!目標ある日とは輝く。寺沢課長さん、熱い言葉をくれました。
- 僕が世界旅行に出発してから2年後。長野店に大きな「夢の実現」看板が立ちました。
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待井さんは、素敵な仲間に恵まれていたのですね。
それもこれもきっと、待井さんのお人柄によるものなのでしょうね。
さて。世界一周のCD-ROMですが、読んでも読んでも、まだまだ読み終わる気配がありません。
うーん、世界って広いんだなぁ・・・!!!
(当たり前やー!)