「自転車はどこをはしるべきか?」について
ちまたでは、おまわりさんに歩道を走れと言われたが道交法ではどうだこうだという議論が活発なようである。それに関するなんだかんだを読んでて首を傾げるのは、自分のスピードは落とすつもりがなさそうな所。。。なんで? スピード落とせば良いじゃん。
高校2年の10月10日の体育の日。典型的な「左巻き込み事故」で左鎖骨を折った。モチロン車道を走行中である。
事故の原因は自動車との速度差とドライバーの視線とを予測もせずに交差点に突っ込んだ、要するに「自分の飛び出し」であったとおもう。
「自転車は車道を走るもんだ」とスポーツバイクに乗りたてで強烈に思い込んでいたオイラは、車道を走るからには危険を予測し、的確に判断する頭が必要なのだと知った。
トライアルを知ったばかりの頃、主な練習場所は家から10分の駅前広場。理由は夜でも街灯がついていて明るいから。
ところが、ある日の深夜2時頃におまわりさんに注意された。
曰く「みんなの迷惑になるからやめなさい」という事だったが、深夜2時の地方中堅都市のそのまたベッドタウンの駅に人影がある訳はなく、理由に納得できなくて憮然としていたのを覚えている。「子供がこんな時間まで何やってんだ!」と言われた方が納得できただろう。
今思えば、夜の駅の階段を自転車が上り下りしているのは、知らない人が見たら異様な光景であり、避けて通っていたであろう事は想像に難くない。やっぱり子供だったんだなぁと反省しきりである。
現在、岐阜県のスキー場にMTBコースを設定している。数年前まで、スキー場ならなら誰もいないから好きなように作ってよかろうと思っていたのだが、その土地にはトレッキングの人がいて、動物が住み、木は根を張って地面を守っていて、自転車が走る道を造るには相当な注意と、造った道の保護、水の流れ道の計算など考える事は山積みである。山の中を切り開き、道をつけていると「自転車が自然に優しいなんて誰が言ったんだろう」とよく思う。
自動車道がなければロードは快適には走れないし、人の手の入っていない山であればMTBなんてただのお荷物だ。
歩道を疾走するスポーツバイクは狂気じみた凶器でしかなく、車道を走る自転車も、自動車にしてみたら動く障害物でしかなかろう。
本人はそうと思わなくても、端から見たら迷惑以外の何物でもない。
公園のトライアルも知らない人から見たら異様で危険でしかない。
そこんとこよろしく。
スピードを出したければ、出しても迷惑でない所に行けば良い。
山道を走りたければ、走る事を認められている所に行けば良い。
サーファーは波を求めて海に行く。スキーヤーは雪を求めて山に行く。
みんなそれぞれの趣味の話だよね。
もしも、生活の近くにそういう場所や道が欲しいなら、その場に住む方達またはその自治体に理解を求めなくてはならないのだと思う。理解は無理でも認知くらいなら何とかなるだろう。この国土にこの人口が住んでいるこの国の事である。どこへ行ってもヒトとぶつかってしまうのは仕方がない。
自分が家の近くでそうしたいから、法律はこうなのだから、と、その場にいる人間に申しつけるのはワガママ以外の何物でもなかろう。
歩行者も、自動車も、自転車も、みんなそこにあるし、いなくなりはしないのだから、お互いに気をつけるのは当たり前。
みんなで生きていこうよ。

<写真上:カナダ・ウィスラーの山の中。「好き」だけでこんなものを山の中に作ってしまう根性とやる気に脱帽。やりたい事は自分でなんとかする。かっこいいですね>
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巷では、以前から自転車が走るべきところはどこなのか、あちこちで議論されています。歩道か?車道か?私のお気に入りブログの powers cycle diary の... 続きはこのサイトで。

車道走っていて思うのは、「自転車が原付きなみの速さで走る」ということがわかってない人がかなり多いということですね。少し待ってくれればいいのにわざわざ自転車の直前に回り込んで左折や急停車をする人はザラにみかけます。ひどいのだと横並び状態で左折。これでガソリンスタンドに押し込まれたことがあります。
彼らも大半はわざとやってるのではないでしょうから、教習所などで速い自転車もあるということを教えれば事態は改善すると思うのですが……
ゆっくり走ればという御意見のようですが、「余裕もない速度で走るな」というなら全面的に賛成です。ただ車道を走る場合、流れに近いほど安全になるんですよね、体験上。そして渋滞以外で流れより速く走れる自転車はめったにないことからすると、むしろ余裕がある範囲と限定した上で「速く走れ」のほうが正解のようにも思えます。もちろん歩行者なみの速度(自動車ドライバーの大半が想定してる速度)で、歩道を行くという選択肢もありですが、それだと事実上交通手段としては機能しませんからね。
まあ、たいていの自転車の人は、警察官でさえ手信号も出さず二列三列で携帯電話使いながら走る状況なのでそのまま車道を走ったら危なくて仕方がないとは思いますが、そのへんも何かしらの教育を受けさせるべきだと思いますね。見ててあぶなっかしくて仕方がない。
okpさん、最近トライアルはじめました。にひっ!。
自転車はどこをはしればいいのか?
話題になっていますね。
どうでもいいじゃんとかアナーキーだとか意見を読んで頭がドヨ~ンとよどんで参りました。なんか落ち込んでます。
自動車VS自転車とか自転車VS歩行者とか比較でものごとを考ても自分にはしっくりきません。
車道で感じるのは「もっと早く走らせろ!」というメッセージをお互いに発し合ってることですかね。
>スピード落とせば良いじゃん。
自動車、自転車関係なくスピード落とす、待つ余裕がないことが悲しい。
待てるようになればもっと生活も豊かになると思うのですが。
いっぱいの書き込みありがとうございます。okpです。
まず、最初に謝ります。「車道を走るな」と言いたかった訳ではないのですが、そのようにも読めると思います。ほんとにごめんなさい。
今回の原稿を上げて頂いたのは。現在の状況を見るに、都会では歩行者・自動車とのトラブル、山では、トレッカー・自然保護・開発団体との軋轢などがあり、これらのトラブルは自分側の権利を主張するだけでは何も解決にならないのだと思っているからです。
できれば、自転車乗り以外の方達にも、それぞれの身に置き換えて考えて頂きたいなと思います。
きれいごとですが、自分を含め、その時自分の周りにいる人間(自転車乗りだけでなく)が、それぞれのいる所を自認し、状況を判断してくれれば良いなぁなどと、ほんとにムシのいい事を考えてます。
ykazunykさんやhoshinoさんの言う通り、自分の安全は自分で守るという意識が大事だと思います。
最後に様々な問題や立場を十把一絡げにして文に起こしてしまったため、それぞれの立場で気に触る表現も多かった事をお詫びいたします。
また、引き続き皆さんの意見が聞ければ嬉しいです。
一連のコメントを読んで、ただただ
「(自分を含め)みんながokpさんみたいに考えることが出来たら、どんなに良いだろう!」
と思いました。
ウィスラー、行きたい。
(独り言)
最近ぜんぜんメッセンジャーの仕事をしてないのですが、あえてメッセンジャーの立場から言わせて貰えば、
「スピード落とせばいいじゃん。」大賛成です。
なぜか?ママチャリに抜かされると凹むから。
特に最近の京都は謎の白いママチャリ(普段はスーパースローだがいざとなると音速を突破するらしい。)が走っているらしいのでMSGRは皆オッカナビックリです。
皆スローライフでゆっくり走りましょう。
で、それでも僕達は車道を飛ばしますが、晩御飯とビールがかかってるのでカンベンしてください。タイヤも買わんなアカンし。
okpさんの意見は賛成できないとこもありますが、最後の「皆で生きていこうよ」という一文が説得力があると思います。いかがでしょうか?
はじめまして。
このエントリに対して何の議論も起きないようなら、このblogも馴れ合いの場でしかないと思うので。意見させていただきます。
>歩道を疾走するスポーツバイクは狂気じみた凶器でしかなく、車道を走る自転車も、自動車にしてみたら動く障害物でしかなかろう。
確かにその通りでしょう。しかし、自動車にとって車道を走る自転車が邪魔だからといって、それは自転車を車道から追い出す理由にはならない。
自動車にとっては自転車だけでなく原付も、さらにはゆっくり走行する「もみじマーク」の自動車だって邪魔者です。しかし、それらを排除することはナンセンス。ドライバーはすべからく、「遅い走行車」を許容する心の広さと、それらを安全に回避する技術を持つべきだと思います。
けれどもそれは、自転車のわがままがまかり通るとか、安全が保証されるということを意味するものではありません。サイクリストは車道を走るなら、車道のマナーを守るべき。自動車の挙動を理解して、なるべく邪魔にならないように努力し、自分の安全は自分で確保すべきです。
自転車は趣味の乗り物であるだけでなく、交通手段だったり仕事の道具だったりするわけです。その速度が歩行者に対して凶器になるなら、自転車は車道を走るべき。
車道を走る上で、他の自動車の邪魔にならないようにする最良の方法は、「車の流れに乗る」ことだと思います。つまり、可能であるなら自動車と同等の速度を出すべきであり、それが不可能なら自動車が追い抜きやすいよう注意して、路肩を走るなり、ドライバーに意思表示をするなりすべきだと思います。そして、速度を出すのも追い抜かせるのも、リスクは自分が負うべき。その自己判断ができないようなら、車道を走るべきではありません。
冒頭の道交法云々の話は、そういったリスクを負った上で車道を走行することを選択したサイクリストが、おまわりさんの無知によって、歩行者の妨げになるという意に沿わない行為を強制されることに対して憤っているのではないですか?
それは、自分がスピードを落とすことで問題がなくなることではないと思います。
ただし、妙な優越感や被害者意識を持ったサイクリストがいるのも事実。
私は自転車がそれほど虐げられているとは思いませんし、「環境にいいから」などという大義名分で優遇されるべきだとは思いません。みんながみんな自転車に乗れるわけではないのですから。
ただし、有用な個人交通手段の一つとして選択できる環境と権利は、維持整備してほしいと思っています。
はじめまして。
とても謙虚な考え方で、皆がokpさんの様であれば、
こんな問題は生じないのに、と思いました。
が、なにか違和感を覚えたのも事実。
>みんなそれぞれの趣味の話だよね。
自転車には交通手段(それも徒歩等より速い
という特長を生かした)の一面もあるわけで。
「趣味」ならフィールドの確保も当然なのでしょうが、
必ずしもそうではない部分もあるのでは?
この問題はきっと、こういうところからきているのでは?
歩道上で歩行者は、自転車に対して肩身の狭い思いをしてるでしょうか?
ノン。
なのに車道上では自転車は非常に肩身の狭い思いをし、たいへんに邪魔者扱いされます。
『現在の交通システム上自転車側が常に譲歩しなければいけない、それは不公平だ。』
このようなところが本音でしょう。
みんなで譲りあえば、といってもなかなかそうはいかないように出来てるんですよね。
>やりたい事は自分でなんとかする。
その通りですね。
安全に、周りへの迷惑は最小限で、気持ちよく自転車に乗れる、そんな環境は自転車乗りが自分たちで造っていかなければならないのでしょう。
長文失礼しました。
いつも楽しく読ませてもらっています。米国ニューヨークでバイクを楽しんでいる者です。少し感じたことがありましたのでコメントを寄せます。
まずバイクの何がすばらしいかといえば、ゴルフやスキー、テニスなど他のスポーツとは異なり、いつでもどこでも誰でも利用し、楽しむことが出来る、とても身近だということだと思います。どこか特別な場所で乗るのもとても良いですが、それだけでは魅力は半減です。その上でバイクはどこを走るべきかという議論ですが、答えは明らかではないでしょうか。車道しかありません。では、なぜ歩道を走ることも考えなければならないのでしょうか。それは車道がバイクにとって危険だからです。では車道の何が危険なのでしょうか?
マンハッタンの密集度は東京を凌ぐものです。悪名高いイエローキャブをはじめ、日本に比べると交通マナーは相当に悪いと言えるでしょう。ドライバーの人種はまさに千差万別、当然安全に対する意識や注意度もバラバラです。信号は数十メートルおきにあり、道路はしょっちゅう掘り返すのでつぎはぎだらけの穴だらけ。また子供以外はバイクで歩道を走ることを許されていません。相当に頑丈なロックをかけない限り、ちょっと目を離せばすぐにバイクは盗まれます。このようにこの街はバイクを楽しむには極めて劣悪な環境に思えるのですが、意外にも老若男女を問わずバイクを楽しむ人ははとても多いのです。しかもその多くがファインなロードバイクに乗り、結合ペダルを使っています。何故でしょう。こんなに危険なのに。
私の理解では、自分の身の安全に対して個々が極めて独立(independent)である、という意識と深く関わっているように思います。つまり他人に与えられる安全などありえない、自分の身は自分で守る。そのスキルが身に付いているという確信があるからこそ、このような環境でもバイクを楽しめるのではないでしょうか。いくら自分が気をつけていても、相手のあることだから、、、というのは相手に従属(dependent)することになってしまいます。お互いを思い合って、と言うのはとても優れた考え方ですが、自分の身の安全に関しては、他人に委ねることこそが危険なのではないでしょうか。そしてこのような意識は、昨今の日本でも必要なもののように感じます。
またワガママに関してですが、自らの意志を通すには、ここでは安全に車道でバイクに乗るということですが、これに反する考え方を説得し、場合によっては戦う必要もあるのではないでしょうか。その実現のために市を相手取った裁判も戦います。(http://www.times-up.org/cm.php) このような活動は世界中で活発に行われていますが、日本でもう一つ盛り上がらないのは何故でしょうか。ワガママはいけない、みんなで仲良くしましょう、という考え方はとても日本的ですが、こちらから見ると、はじめからあきらめています、と映ります。このような事も得る努力をしてはじめて得られるもので、誰かに与えられるものではないという考え方が基本なように思います。
少し話がズレましたが、結論として、日本の車道は必ずしも危険とはいえす、バイクは車道を走るものと思います。安全に関しては、周囲の自動車や歩行者にバイクフレンドリーな意識を期待するよりは、バイクに乗るものが自らマネージしてコントロールするのです。どうしても歩道を通るときは、ゆっくり走る、ではなく、降りてバイクを押して歩く、と思うのですが、いかがでしょうか。
外から見たコメントとしてとらえて頂ければ幸いです。
はじめまして。ときどき読ませて頂いています。
>なんで? スピード落とせば良いじゃん。
まさにそのとおりですね。
自分は長いことオートバイに乗っており、バイク便なども長くしていたのですが、最近になってなんとなく自転車に乗りはじめて、そのへんのところがすごく気になっていたし、そういうことをちゃんと言う人があまりにも少ないことに驚いていたのです。
自転車を趣味にしている人ほど法を守らない(あるいは知らない?)という、まったく驚くべきことにほんとうに憤慨していたのです。
こういうことをこういうふうにちゃんと言う人がひとりでも増えてほしいと思います。
どうもありがとう。
ウィスラー!!!
okpさんも行かれたことがあるんですね!
わたしも一度は行ってみたいと、常々思っています。
なんだか凄いところを飛んでおられますが、このユニフォーム・・・・もしかして、お仕事でウィスラーに?
この橋と橋の間には、一体何があるんでしょう?
普通の岩場?
それとも泥プール?
泥プール・・・・今わたしは突然、「風雲たけし城」を思い出してしまいました。
懐かしいですね、たけし城。あぁ、年代がバレてしまう・・・
ごほん。これは余談です。
それにしても、okpさんは謙虚すぎませんか?(笑)
プロでありながらこの姿勢・・・・ちょっと感動しました。
okpさん、こんにちは。
この投稿を読んで、唸ってしまいました。
>スピード落とせば良いじゃん。
とか、
>歩道を疾走するスポーツバイクは狂気じみた凶器でしかなく、車道を走る自転車も、自動車にしてみたら動く障害物でしかなかろう。
とか、
ほんとうに、そうだ!と思います。