私が自転車を愛する理由
「私が自転車を愛する理由」を語るには、まず「愛」とは何かを明らかにしなければなりません。
「愛」とは何か? ……この人類永遠の疑問に私は今、身もフタもない解答を与えますので身もフタもない真実を読みたくない方はしばらく目を閉じていてください。
Q:「愛」とは何か? 100字以内で答えよ。(10点)
A:人間の脳は色々勘違いしがちである。
自分のカラダでないものを自分のカラダの一部と脳が勘違いしてしまう現象、世界はそれを愛と呼ぶんだぜ。
つまり「愛」とは「脳の錯覚」である。
(88文字)
自分が愛する息子さんや奥さんのために命を投げ出してでも守る決意は、愛を知る方ならたやすいはず。弱肉強食の世の中においてこれはいったいどういうことか? これは、息子さんや奥さんを、脳が自分と一体のものと勘違いしているのです。
これを自転車にあてはめるなら、自転車が知らない間にコカされてて傷がついてたりすると、まるで自分のカラダを傷つけられたような痛みを感じるとか。
あるいは長い間チェーン掃除をサボって汚れが激しくなってキィキィいえばまるで何日もお風呂に入っていないかのように感じてしまうとか。
……これらは、私の脳が自転車を自分のカラダの一部であると勘違いしているわけです。そしてそれが「自転車を愛している」なのです。
「脳の錯覚」と申しましても、なにも「間違っている」と言っているわけではなく、その「勘違い」は進化の過程で脳が獲得した最高に素晴らしい機能です。
閑話休題。大切に乗り整備もマメにおこない、ポジション調節してストレスなく乗れるようにすれば、自転車はますますカラダの一部となります。自転車は、とても人が愛しやすい……言い換えれば、脳が自分のカラダの一部と勘違いしやすい乗り物なのです。
この勘違いが発生するには、「予想通りの反応が返ってくる」ことが必要条件です。自転車は構造がシンプル、操作は簡単。反応が実に予想しやすい。ユーザーフレンドリーかつユーザビリティにすぐれたコントローラブルでフレキシブルな乗り物です。
右へ曲がるとき。多くの自転車乗りの方は「右に曲がりたいから、右へハンドルを切ろう」などと意識する間もなく、ふと思っただけで右へ曲がっているのではないでしょうか? 人馬一体ならぬ、人自転車一体。ツーといえばカーどころかツーといわなくてもカー、多くの人が自転車を愛してしまうワケです。
そりゃオートバイやクルマでも一体感は味わえると思いますよ。クルマ=Carですけど自分ではカーとは言わない。オートバイやクルマはエンジンを始動しなければならない。自転車はこのワンクッションが存在せず、またがるだけでよい。この違いは大きい、と思いますよ。ん? キミは自転車にカギを二つかけているから、ワンクッション、ツークッションがあるんじゃないのって? うーん、そこんところの違い、わかってくださいよー。
話を変えて、自転車は故障してもたいてい自分で治せてしまう。ホントに情が移りやすいのです。さすがに自然治癒はしませんが(してほしいけど)、人と自転車を一体のものと見れば、自己修復作用がある! と言ってもよし。
こんな自転車を、人間が自分のカラダの一部のように思わないなんて不可能です。以下に大胆な仮説を提唱します。
「人類は約50億年かけて自転車を愛するように進化してきた」
人が自転車を愛するのは、ビーバーがダムを築くのと同じ、あるいはクマノミがイソギンチャクと共生するのと同じ。遺伝子にそうプログラムされているからなのであった。
つまり、私が自転車を愛する理由、それは私が人間に生まれたからなのです。(誰かつっこんでくださいね)
身もフタもない真実を読みたくない方、もう目を開けても大丈夫です。では!
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自己愛・・・ですか。
interfaceが主に下半身であることと関係あるような気もします。
だがしかし、なぜ自転車(自己の一部)を使って自分を痛めつけてしまうんでしょうか?
その理由が分かりません。
昔乗っていたフレームは残しているのですが、自分の体の一部の様な気がして捨てれないです。たまに倉庫で見ると走った思い出が蘇ります。
体と共に心の一部ですね。
>asuraさん、こんにちは!
ですね! 私もSPDペダルに変えたとき、自転車との一体感=自転車愛が一気に新たなステージに進んだ…と感じました。
「人類は自転車を愛するように進化してきた」…この仮説を証明するにはどうしたらよいのでしょうか? うーむ。
「カラダの一部」って納得です。
私は、クリートをはめた瞬間、自分の血液がペダルを通して自転車に流れ込むような「錯覚」を覚えます。
カチッ・ドクン。
おかげで通勤だってワクワクです。
「人類は自転車を愛するように進化してきた」・・・新たな学説にもワクワクです。
>鉄バカ様
お久しぶりです。例によってワケのわからない論理を展開しておりますが、要は、
自転車最高!
…ということでございます。特に今の季節、自転車愛がぐんぐん高まってもう一緒に布団に入れてあげたいくらいです! では!
BABAさん、御無沙汰しています。
それにしても、相変わらず論理的なのか詭弁なのか良く分からないけど妙に納得する理屈で、私、感服つかまつりました。
人車一体、肝に銘じます。