00_takuya

Bicycle Film Festival 4

SFBCのスタッフの女性と二人で、チケットをもぎりながら、
「来てくれてありがとう。」「楽しんでね。」と声をかける。
来場者も「映画祭やってくれて嬉しいよ。」「もちろん楽しむよ。」と返事をしてくれる。
「何ヶ月も前から楽しみにしていましたよ。今日の観客は皆いい感じですわね。」
「久しぶりに映画で大騒ぎだぜ。盛り上がっていこうぜ!ウヒョー!」
などと挨拶以上のコメントをしてくれる人も多い。会話になってしまう事もあるけど、後ろがつかえて大変だ。それに声もだんだん涸れてくる。途中から英語が話せないふりをする。「Domo、Arigato。」
ところが「Anatawa、Nihinnjin desuka? Nihon suki desu.」なんて人もいたり。Akannyan!

あっ、アナタはクリス・カールソン!Critical Massの創始者だ。

「こんばんは、クリス!クリスって呼んでエエよね。」
「eh…もちろん。どこかでお会いしましたか?」
「京都でクリティカルマスやってたとき、訪ねていったんやけど。」
「ああ、そうでしたか。」
と会話が始まりそうになるが、後ろからくる人の波に押されてクリスは行ってしまう。

「おい、Eric!」ガーン。SF自転車界の顔役、Zo-BagのEric・Zoが来た。
「おぉタキュ!」
「覚えてくれてたんや。(微妙に名前を間違ってるけど。)」
「バッグはどう?Kyoto LOCOの映画をやるってな。俺の新車見たか?あれは60年代のフランスの…」
後ろから「早く中にいれてくれ!」と押されて行ってしまう。

「わぁ!Sara!」
「えぇー、テキーラ!あんた何でココにいるの?」
「何やってんだ!早く入れろよ!」
「うるせー!」「待ってろ!」
思わず声が揃う。メッセンジャーが集まると下品でいけません。
「久しぶりー!ってこの前Kyoto LOCOで会ったとこやね。」
「そうよ。LOCO楽しかったわね。映画祭もやってるの?」
「日本に連れて行くんだよ。」
「ワーオ!Kyotoっていいトコね!どこに泊まってるの?ウチにおいでよ」
「Tokyoだけどね。Timmyのとこに泊まる。」
「スイマセンが中に入れて貰えませんでしょうか?」
「しゃーないなぁ、サラまた後で。あれ、Mathew!なんでココに?」

振り返ると仕事が一段落ついたブレントが来場者と話している。
先程までのダルーい雰囲気がまるでウソみたい。
そりゃそうだろ。いくら頑張ってイベントをやっても、皆が来てくれなければ何にもならない。人が多ければ多いほど、より忙しくなるけど嬉しさも大きい。
見違えるようにテンションが上がって、会話の合間にも手短にテキパキと指示を出しているBrendtはどこから見ても立派なリーダーだ。心なしか顔色まで変っている。
などと考えてる場合じゃない、チケット、チケット。
“Arigato. Have fun!”

アメリカの映画館は立ち見をさせないので、満席になり次第ドアを閉じてしまう。予定では1階の300席のみ使い、2階のバルコニー席は使わないはずだった。でも1階が10分ほどで埋まってしまい、2階のバルコニー200席を開場して誘導するがそれも直ぐに満席。まだ外には人がいるけど、エントランスのドアをロックしてしまう。

申し訳ないのだが、仕事をボランティアに任せて、僕も映画をみせてもらう。
席はないので通路の一番後ろで立ち見だ。観客が見渡せる。興奮している人が多くワイワイがやがや映画館と思えないムード。上映時間がきてBrendtがステージに上がり挨拶を始めてもパーティーのようなざわめきは収まらない。「もう映画は上映せずに、このままで充分楽しいやん。」とすら思えてくる。やっと客席の照明が消え、真っ暗な場内の話声が少なくなっていくに連れて、別の興奮、これから始まる映画への期待が熱気となって立ち込めてくる。心地良い緊張感を皆が共有しているのがわかる。プロジェクターが作動して、スクリーンに真っ黒な画面が映し出されると、緊張に耐えられなくなったのか拍手をはじめてしまう人達も大勢いた。

道路、BMXに乗った男の子、うす曇の空、”KIEST PARK”が映される。
2日間、7プログラム、のべ33本の映画が始まった。

映画の内容を話すときりがないし、本当に面白かったのは観客だったから、ここでは2本の映画を取り上げよう。

“STILL WE RIDE”
http://www.stillweridethemovie.com/
クリティカルマスと呼ばれる、世界300都市で“発生”している、なんとも説明の難しい自転車イベント。というよりライド。というか自転車を意識する活動。でも何も考えてない参加者が殆どで、しかし参加しているうちに否応なしに意識も高まるので…あー説明不可能。自分で調べてください。Critical Massという名前は「臨界質量」「爆発寸前」と「批判的大衆」をかけてある。
日本では、環境問題や交通問題を考える人々が集まる、意識改革のための活動を呈したが、パンデミックの震源地アメリカでは、実力による交通革命という側面もある。
そのクリティカルマスがNY市警、ひいては共和党と激突。警棒、催涙スプレーはおろかヘリコプターまで出動し、大量逮捕で大混乱の事態に。という映画。これを題材にハリウッドアクションを撮れば最高に面白そうだけど、S.W.R.は飽くまで知的にインタビューと現場の証拠映像をもとにストーリーを積み上げていく。

ところがねー、このインタビューが長いんだよ。弁護士とかが延々と法律論を話したりすると理解不可能。僕の英語力の問題?ネイティブでも難しいと思うよ。
予習のためヤナケン亭でDVDを見たんだけど、その時は脳がオーバーヒートして、寝ちゃいました。

さてSFの観客の反応はどうかな。マンハッタンを走る自転車の群れ。楽しそうな人々。そこにスタンガンの音が重なり、映像は一転して警官に押し倒されるサイクリスト達。
『これは自らをクリティカルと呼ぶが、権力からはクリミナル(犯罪者)と呼ばれるサイクリスト達の映画である。』バーン!”STILL WE RIDE”
「ウォー!!!」「ヒュウヒュウ!!!」「イェー!」
ここはいいんだよ、もうすぐインタビューだぞ。
『クリティカルマスの活動は進化の必要があり自転車の経験を越え社会経験となるべきである。市場絶対主義からの脱却および蔓延する金銭崇拝また所得的価値観からの脱却を可能とする都市の理論に参画する必要性が…』
「異議なしっ!」「いいぞクリス!」
あれっ、盛り上がってるやん。日本でこんなことを言ってる人がいたら「極左」やん。ワンセンテンスに「…的」を3回使ったら間違いなく「アカ」扱いですよ。
まぁ政治的見解の幅の広いアメリカでは中道左派ぐらい、リベラル帝国サンフランシスコではド真中ってことか。
しかしマッチョでパトリオットなメッセンジャーどもは、さすがに寝てるだろうと観察すると、
「その通り!」「もっと言ってやれ!」
あれっ?どういうこと?意外と熱い。警察が嫌いだからか?
ダイレクトアクションの環境団体「Time’s Up!」を、ショットガンを持った警察が襲撃するシーンに至っては映画の中の警官にブーイングの嵐である。
君達おもろい!面白いよ!

“M*A*S*H*”
http://michaelmartin.com/blog/photos/track_video.html

1時間の作品にする予定だが、今回は10分のパイロット版での上映だ。例の編集が遅れてBrendtがあせっていたのがこの映画。監督したMike Martin自ら劇場に持ってきたのが上映30分前というあわただしさ。

Martinが皆の反応を見ようと僕の横に立っている。落ち着かないのが真っ暗な中でも伝わってくる。
画面にSanFranciscoの町を走るメッセンジャーのロングショットが映し出された瞬間に、会場中が拍手と奇声で満たされた。サウンドトラックのボーカルとキーボードだけのシンプルなパンクの曲にドラムが加わり、ベースが加わり、画面にも大勢のメッセンジャーが映し出されるにつれて皆が段々静かになり、映画に引き込まれていくのがわかる。
そんな中で友達を画面に見つけたメッセンジャー達が、彼の名前を叫んだり、立ち上がって「あれは俺だよ!」と自慢している人もいる。

うわっ。ピストでジャンプしてるよ。逆走?歩道でスキッド?怒り出す人がいるのではないかと見渡すが、クリティカルマスやツーキニスト、環境団体と見受けられる人達も楽しんでいる。
ええっ!歩行者のオバサンに激突(というか停まりきれずにぶつかって抱きついている)してるぞ。「これはナンボ何でもアカンやろ。」と思うのだが皆は吹き出して笑っている。

うーん、どういうこと?
日本でクリティカルマスに関わってたのだけど、メッセンジャー関係者とツーキニスト系の参加者は全く馬があわなかった。スポーツサイクリストからは全く無視されたのを考えれば、同じ街乗り同士仲良くすれば良いと思うのだけど、
「メッセンジャーみたいな危ないのがいるから、自転車の評判が下がるのだ。」
「車道で時速30kmも出すのは危険で迷惑だ。せめてブレーキの良く効くMTBに乗りなさい。」
と言えば、
「ブリーチジーンズにシャツをたくし込んでる人とは仲良くなれない。」
「環境の人ってなんか真面目すぎてキモイ。」
という具合で、意見の違いというより人種の違いというレベルの話だった。
どちらの意見も理解できる僕としては、ブリーチデニム以外は些細な問題だと思うのだが、そんなことを言おうものなら村八分である。
生物学的人種も、政治的立場も、自転車の乗り方も、日本より圧倒的に差の大きいアメリカで何故S.W.R.やMASHで一緒に盛り上がれるのか?

高等教育を受けたアメリカ人と比較すれば、確かに日本人は意見の相違を克服するのが苦手だ。ナァナァで済ましている内はいいのだけど、意見を闘わせるとなると、「オマエら子供か!」と言いたくなるレベルの感情論になってしまう。

でもBBF・SFで体験したのは、アメリカ人の気質とは無関係な話だと思う。

確かにSanFranciscoはアメリカで最もサイクリストにフレンドリーな街だ。
乗り物の差どころか、人種差、言語の壁、身障者と健常者、ゲイやレズを含む性差、そんな事が共存の根本には関わらないことを証明した街。

でもコレもまたBFFで体験したことの本質ではないと思う。

アメリカ人だって、他人との些細な差を見つけることで自分のグループを作り、何かに所属する心理はもっている。例えば「ローディー」なんて、もともとMTBでオンロードしか走らない人を差別する言葉だし、サドルを高く上げるか下げるか、スローピングフレームかホリゾンタルか、ヘルメットを被るか被らないか、なんて事を区別するスラングまであるのだ。

そして当然、自分と同じスタイルの人と集まって行動するのが普通だし、(ピストでダウンヒルなんて人もいるが、)考え方の違う人と一緒では心から楽しめないのも自然だろう。
日本人とは程度の差こそあれ、根本的にはやっぱり同じだ。

じゃ何故、違う立場の人たちがBFFでは一緒に楽しめるのか?

映画を通すことで体験を客観し、自分の立場や意見の相違をひとまず置いといて、この場では楽しみを共有しているのだ。これが僕の体験したBicycle Film Festival。
これが映画の力なんだ。

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