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闘えVELOTAXI その3

しかしこの後がもっと大変だったのだ。許認可の問題だ。
ベロタクシーを運営している人達は物凄く前向きなので、苦労したことを愚痴ったりはしない。しかし漏れ聞くところによると、「前例の無い事は判断できない」という典型的なお役所の対応で、その上たらい回しにされたあげく、警察も公安も京都市も国も動いてくれない、将来的に許認可をくれるのかも判らない状態で、やたら書類をつくらされたり走り回らされたりという状況が続いたようだ。

例を挙げれば、アシストモーターの出力である。VELOTAXIを運転してみれば解るがモーターの力なんて飽くまで発進時や登坂の補助に過ぎず、全然たいした事はない。それにも関わらず、「しかるべき機関」で「しかるべき」出力検査をしてデータを出すことを求められた。日本で前例の無いものに「しかるべきテスト」をしてOKを出せる「しかるべき機関」て何だ? 結局、高いお金を払ってトレーラーで東京まで車体を運び、高いお金を払って補助モーターのテストをして書類を作ったそうだ。お役所のハンコを貰う以外にこんなデータは役に立たない。

「この乗り物が違法なら法律を変える!」という決意でベロタクシーの活動はスタートした。
もし違法だとしてもきっと彼等はやったであろう。彼等こそサムライだ。リスクを省みず、自分がやるべき仕事に全てを賭けられる人は、環境団体だろうがNPOだろうがサムライなのだ。

そんなサムライ達に最初の救い舟を出したのは、日本人ではなくドイツ人だった。
苦しい状況を知ったドイツのVELOTAXI社がベルリン市長に陳情し、彼が京都市に推薦状を書いてくれたのだ。しかし外圧だけでそう簡単に事はすすまない。ベロタクシー代表の森田は動きつづけた。

森田は京都府警に日参した。雨の日も風の日も、誠意と情熱を持って重い扉をたたきつづけた。もちろんVELOTAXIの輸入も平行して動いている。だって「まず許可ありき。」ではないのだ。時間が経っていった。

2002年、春、10台のVELOTAXIが日本の港に到着した。

新聞、TVがこの珍しい乗り物を紹介した。そしてこの乗り物が日本では走らせられないことも。

京都府警の電話が鳴った。新聞記事を読んだ人からの抗議の声だった。事情を知って陳情に出向いてきた人もいた。世論はだんだん大きくなっていった。

法律が変わった。
法律の細則部分なので京都公安委員会が法改正をおこない、公道走行の許可が出た。
2002年5月、ベロタクシーは運行を開始した。

「じゃあ今までのたらい回しは何だったんだ?」と僕なら怒鳴りたいとこだが、環境都市推進協議会の人達はサムライなのでそんな事は言わない。何もしてくれなかった京都市長がオープニングセレモニーで「京都議定書が締結されたこの京都に、私がベロタクシーを呼びました。」みたいなニュアンスのスピーチをした時も彼等は静に笑っていた。
僕は心の中で「京都議定書なんて言ったって会議の場所が京都やっただけやし、アンタ関係ないやん!」「VELOのことで偉そうな顔をするんやったら補助金の一つでも出せ!」と思っていたが、サムライ達に順じて黙っていた。

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コメント3

タクヤ :

daikokuyaさん

いや、まぁ京都市長が悪い訳じゃないんでしょうけど、まぁ京都市はもうチョット考えろと。考えて欲しいなぁと。そんなことを言いたいわけです。
あと、NHKも早くプロジェクトXの取材でVELOTAXIに来なさいと。来てもいいんじゃないのと、思うわけです。

2zさん

シドニーいいですねー。また写真撮ってきて下さい。事故には気をつけて、CMWC楽しんできてください。

2Z :

CMWCでシドニーに来ています。
こちらでもベロタクシーが走っていました。

daikokuya :

かっこいい!かっこよすぎます!!

雑誌等で苦労した話を読みましたが、
こんなにまで苦労があった事は書いてませんでした。
そんな苦労は表に出さない。
まさしくサムライですね!

そして京都市長がこんなに○○とは・・・

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